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Estrellas y Borrascas

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アマダブラム②高所順応の日々

チョーユーから帰ってきたばかりのデンディ・シャルパたちによってルート工作が進められる一方で私たちは登攀道具、テント、ロープなどの荷揚げをしながらベースキャンプ(BC、4600m)~アドバンスドベースキャンプ(ABC、5200m)~キャンプ1(C1、5500m)~キャンプ2(C2、5900m)を2回往復し高所順応を行った。

ルートはこんな感じだ。

BC~ABC。なだらかな稜線上に明瞭なトレールがある完全なハイキング。BCから600m標高が上がると山頂がかなり間近に感じられモチベーションも上がった。
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ABC~C1。ボルダー帯スクランブルの後、傾斜の緩いスラブを登る。普段なら鼻歌まじりにスタスタ登れるような斜面のはずだが、順応できていない体にはこたえる。ここにはビニールひものようなフィックスロープが設置されているがシーズンが終わるころにはボロボロになっていることだろう。スラブを登りきればC1。
C1~C2。南西稜の南側をトラバースぎみに進んでからグレイウォールと呼ばれる20mほどの岩壁を登り稜線に出る。
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そしてイエロータワーと呼ばれる30mほどの岩塔を登る。
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イエロータワーの頂上がC2だ。「画」になるロケーションなのだが、非常に狭くテントを設営する余地のない場合も多い。そしてし尿の臭いがする。ちなみに私たちの隊はアタック時にはC2を通り越してC1からC3まで登ることにしている。

C2から先はアタック時に経験することになる。
C2~C3(6300m)。雪と氷の詰まったクーロワールの後、最終キャンプとなるC3までマッシュルームリッジが続く。
C3~山頂(6850m)。50度くらいの氷雪。

という具合だ。

ピークフリークス隊はエベレストを目指している人たちのためのトレーニングチームでもあるのでBC付近の岩場でユマーリングやセルフビレイ(日本でいうプルージックやオートブロック)をとりながらのラッペリング、アマダブラムでは使わないが酸素ボンベの使用法、ガモウバッグの使用法などのインストラクションを受けた。今回のように積極的にユマールやフィックスロープを使ったことのない私には「わかってるようで、わかっていない」ことを一から教えてもらえてる良い機会になった。

キャンプ間の往来を繰り返しているとコースタイムは確実に短縮されてゆくのだが、「上へ上へ」行きたい気持ちを抑えていると、建設的なことをしている気分になれずなんとも歯がゆかった。

そして、アタックに向けてベースキャンプを出発する日の前日、私たちを待ち受けていたのは吹雪であった。

To be continued
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# by huascaran | 2007-09-03 21:00 | 海外 Overseas | Comments(0)

アマダブラム①カトマンドゥ~ルクラ~アマダブラムBC

アマダブラム登山を終了しポカラにやってきました。登山の模様を大雑把に書いていきたいと思います。

初めての土地に知り合いがいるというのはありがたいことで、カトマンドゥでは、この夏、北海道や東京で一緒に働き仲良くなったネパール人の友人に再会し観光や食事をしてリラックスさせてもらった。

5日間のカトマンドゥ滞在を楽しんだ後、ピークフリークス・アマダブラム登山隊に合流した。カナダ人では数少ない高所登山ガイドの一人でもある隊長のティム・リッペルはエベレストのチベット側スキー初滑降やカナディアンロッキーのロブソン北壁初滑降などとんでもない記録を持っている。彼とは今回が初対面なので「どんなクレージーな人なのだろう?」と緊張して顔を合わせたのだが想像に反して知性的で気さくな人だった。そして、この旅が終わる頃にはすっかり友達になっていた。

カトマンドゥのホテルに9人のメンバーが勢揃いした翌々日にはトレッキングの起点になるルクラへと飛び立った。ちなみにトレッキングを開始してから登山を終えカトマンドゥに戻るまでイギリスのサイモン・イエーツ隊とほとんど同じ日程だったので各地でサイモン隊の面々と男だらけの合コンをした。サイモンは最近映画化された『Touching The Void(運命を分けたザイル)』の主人公の一人だ。ペルーアンデスのシウラグランデ西壁初登攀後に遭難しパートナーのジョー・シンプソンと結んでいたロープをサイモンが切って二人とも奇跡的に生還するという壮絶な話で日本を出発する前に原作の本を読み映画を見たばかりだったので不思議な感じだった。
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ナムチェではペーター・ハーベラーを見かけた。彼は自分のクライミングスクールの生徒たちとチョラツェに登りに来たらしい。うちらの隊のメンバーの一人が彼をペーター・ハーベラーだと知らずに話しかけて、別れ際に「Tim + Team, Do your best and success. Peter Habeler」と書いてくれたオリジナルのポストカードを受け取ったのだが、彼は「あいつは誰だ?」などと言う。この人は来春のエベレスト登山のためのトレーニングとしてアマダブラム隊に参加しているはずだが、ペーター・ハーベラーのことを知らないのであった。彼は裕福な元パイロットのアメリカ人で「無知で無邪気なアメリカ人」を地で行くような人だった。そしてベースキャンプにたどりつくことなく隊を去って行った。理由は「狭いスリーピングバッグの中で寝るのが辛い」だった…。後で知ったことだが、帰りはナムチェからヘリコプターをチャーターしてルクラまで飛んで帰ったらしい。
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話がそれたが、タムセルク、ローツェ、エベレストなど「世界の屋根」を代表する名峰を眺めながら歩いるだけでも楽しく、来て良かった思った。そしてルクラを出発して5日目、私たちは標高4600mのアマダブラムベースキャンプに到着した。氷河によって削られてできた谷はだだっ広く、野球場がいくつも入ってしまうほど広く開放的だ。午前中は必ずと言ってよいほど晴天に恵まれ、午後には霧に包まれる。
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これから3週間ほど、この谷が私たちの住処になる。このベースキャンプを起点にして高度順化を行い、アタックへと向かうことになるのだ。

To be continued
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# by huascaran | 2007-09-02 21:00 | 海外 Overseas | Comments(0)

アマダブラム 初めてのヒマラヤ登山に、いよいよ出発

ヒマラヤなんて遠い世界の話だと思っていたが何の因果か公募隊に参加してアマダブラムを目指すことになった。

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エベレスト街道からはっきりと見える牙のような山がアマダブラムだ。山名はシェルパの言葉で「母の首飾り」という意味らしい。エドモンド・ヒラリー(エベレスト初登頂者)率いるニュージーランド隊が1961年に初登頂に成功している。日本人の初登頂は1980年、北西壁新ルートからだ。85年春には山学同志会隊が西壁の新ルートから登頂、92年冬には山野井泰史さんが西壁を冬季単独初登頂している。

今回、私が挑むのは初登頂時と同じ南西稜。核心部はグレード5.7のレッドピラーと呼ばれる岩塔の登攀だが、六千メートルの高度で自分がどの程度、岩登りができるのかを確認することも目的の一つだ。頂上直下には55度の氷壁が延々と続く箇所があるというし、岩、雪、氷とバラエティーに富んだ興味深いノーマルルートだ。フィックスロープの存在によって滑落や墜落の危険が少なくなったことは確かだが、昨秋、最終キャンプ付近で雪崩が発生し6名が死亡しているし安全が保障されているというわけではない。

公募隊というと「初心者の大名登山」みたいなイメージがあるかもしれないが、メンバーは高所経験は少ないけれど、それなりの経験と実力を備えたアルピニストばかりのようだ。高所登山のタクティクスを学び、自分たちも加わってルート工作をするということがこの登山隊の趣旨でもある。

アマダブラムの結果によってこれから先の自分の進路も変わることだろう。登頂の成否は別にして、何かを感じて帰ってくることができれば大きな収穫だと思っている(って何かに書いてあったような…)。本物の低酸素状態をを楽しんでこよう。楽しみだなあ、低酸素!



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# by huascaran | 2007-09-01 21:00 | 海外 Overseas

Brandywine Mtn

Brandywine MtnもACMG試験のトレーニングで登った。

アプローチのブランディー・メドウ・トレールは良く整備されていてメドウにあるテントサイトも素晴らしいロケーションだ。
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振り返ればウィスラー周辺では最も印象的な山、ブラックタスクも見える。
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小さな氷河を避けて岩稜づたいに山頂へ。
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トレーニングで来るのには勿体ない気がした。
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# by huascaran | 2006-09-08 18:00 | 海外 Overseas | Comments(0)

Locomotive Mtn

ACMG試験に備えてのトレーニングでロコモーティブ・マウンテンへ。
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「機関車山」の標高は2430m。山のスケールは小さいのだが、山頂からのペンバートン谷の展望はなかなかのものだった。
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# by huascaran | 2006-09-07 18:00 | 海外 Overseas | Comments(0)